今の葬式視点は「家族目線」ではない

葬儀支援関連
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下の言葉はあんしんサポートの信条です。

葬儀は大事、でも葬式より残る家族の生活はもっと大事、だから絶対に無理をしてはいけません。無理はさせません」が正確な文章です。

葬儀は生前に行うべき家族との別れのことでとても大事、死後の葬式より遥かに大事な時間で後悔の99%は生前で無ければできない事だ。

またお別れに要する時間は個々で全て違うから自分で決めるしかない。数日の人もいれば数年掛る人もいるし逝去後何年も引きずる人もいる。

だから「葬儀は大事と明言する」しかし「逝去後の葬式」と「残る家族の生活」は天秤に掛ける必要も無く明らかに「残る家族の生活」で異論は無いだろう。

異論があるとしたらまともな神経の持ち主ではないか悪徳霊感商法者くらいだろう。

供養の回で最高の供養とは残る家族が毎日を元気な笑顔で過ごす姿を見せ続ける事と書きましたが入院で高額費用が掛り葬式で金が無くなって笑顔で過ごせるだろうか? 

故人の供養と思った事が供養とは逆の結果になるのだから結論から言えば間違いだ。

これから書くことをしっかり考えて欲しい。

「供養」という言葉をどの視点から捉えるかです。

葬儀屋と宗教者が「供養」の言葉を使う時に費用やお金のことを言わず、こうすれば供養になる。こうしなければ浮かばれないと散々言うのが先だろう。

すると素直な人達は「そうか」「そうだな」と納得させられ相槌を打ち続けさせてから費用を伝えると後に引けない――、

これはセールストークのひとつ「YES話法」だが結果的に見れば家族から笑顔を奪うことで供養から遠ざかる結果となり問題がある。

これで笑顔になるのは「葬儀屋」と「宗教者」だけで故人が望むものではないだろう。

人の死を迎える時に考える順位を決めておけば簡単かもしれない。

① 死後より生前が大事
② 逝去時を想定した財布事情の試算
③ 葬式後も残る家族の生活が守れる事
④ 死後に騒ぐ必要はない温かく送るだけ
⑤ 葬式後も笑顔で過ごせれば「供養」だ

葬儀支援を続けて思うのは『本物の家族目線を貫かねば家族は守れない』という現実。

間違っても宗教者、葬儀屋の利益確保のために餌食えじきにならないよう我が家の考え方を葬式前から家族で話し合いしっかり持っておくべきです。

葬式は家族の為に行うのであって葬儀屋や宗教者の為に行うのではない。

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