年々ハッキリする葬儀社との違い

葬儀支援関連
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2006年9月八王子裁判所から届いた父親逝去の一報から始まった葬儀支援開拓の道も改めて考えると15年目と過ぎた月日の流れは早いものです。

葬儀屋に対し胡散臭いと思い葬儀屋をする気など微塵も無いのに何処から先人も前例もない葬儀支援など思いついたのか自分でも謎です。

今思えば当時の主張は葬式を依頼する側の人達には理解できても葬儀屋には理解不能で知り合いでさえも今なら分りますと言います。

葬儀支援の根底に低料金がありますから「経営 vs 支援」の狭間で悩んだ時期もあったし、そのお蔭で食えない時期が長引いたのも事実です。

しかし料金値上げを考えた事は一度もありません。俺は葬儀屋をしたい訳じゃない葬儀支援でなければ事業を続ける意味がない。

それで食えないなら止めりゃあ良いし、やる価値はない、食う為の値上げは本末転倒と葬儀屋を嫌ってた事が幸いした典型的な例でしょう。

既存の葬儀屋からは反面教師としての学びで切り拓くべき道は全て利用者家族が行う言動からの推測で直接教えられた事はありません。

元々の性格が子供時代からそうなのですが、皆さんが当り前な事も含め何事に於いても「なんで?」「どうして?」から生まれた事ばかりです。

当然、国内初の――、というプラン内容になりますが10年目頃は進む道に間違ってないという確信めいたものがありました。

最大の難関にして最大の決定は以下の部分でしょう。

「会員限定」
逝去後に葬儀屋を探すのは普通でしたから葬儀屋ではあり得ない事ですが、家族の事情や考え方も全く分らず家族が納得する葬式はできない。

葬儀屋と葬儀支援の違い、更に料金、内容、アドバイスなど実際の違いも互いが理解してない依頼を無責任には受けられない。

「菩提寺の葬式は受けない」
高品質で超低料金の葬式を提供するのは我々の持つ365日24時間の全てと体調が悪くても命まで掛けなければ達成できません。

あんしんサポートの存在と入会する事で死後費用の心配だけはする必要がなく安心して日々生活できることが目的です。

それらは全て弱者と呼ばれる人達を主に支援する為であり、寺を筆頭にした宗教者の利益や生活を守る為ではありません。

「お客様扱いされたい人は受けない」
「横柄な人は受けない」

良く見れば分かりますが利益無視どころか赤字覚悟のプランもありお客様とは我々に利益をもたらす存在ですからお客様ではありません。

お客様扱いされたいなら、料金を払えば叶えてくれる葬儀社はいくらでもあります。

10年以上無休、365日24時間の仕事はぶっちゃけ嫌な人の為にできませんしする気もありません。

この部分の欲求を満たしたいなら一般葬儀社に行けば叶うはずで料金が高いのは我慢代も含まれてますから当然です。

普通に考えればそこまでして経営が成り立つのか!? という疑問が湧くでしょうが幸いなことに2021年現在は普通に食えてます。

食えなくなったら廃業すれば済む事ですが、我々の存在を信じて安心しておられる家族は沢山いますからできる限り続けるのは当然です。

この判断までに約1年掛かりましたが「会員に嫌な人はいない」「横柄な僧侶に逢わない」等イライラすること無く日々過ごせています。

会員さん達に「日々穏やかに生きる」と説いてるのですから自分たちも同様でなければ意味ありません。

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