価値感もいろいろ

我想う支援日誌
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混雑・渋滞の中を出掛けたいと思わない

GWに出掛け疲れた身体で日常に戻った人も多いでしょうが、個人的には理解できないけど渋滞や行列が無いと休日の実感が得られないと言う人もいて価値観は人それぞれです。

正月の初詣も同様で何列もの行列で時間を掛けて、本殿に辿り着くと正月を感じる人もいれば、午前4時前の人の殆どいない境内で参拝して一晩中営業してるお守りを買い、参道の出店でみせで甘酒を飲むと正月を感じる僕のような人間もいるなど感覚というか価値観は人それぞれです。

好きな食べ物、付き合う人達、仕事、金、地位、そして幸福感など価値観は千差万別ですから、他人に合せる必要はなく、自分と家族の価値観で考えたり実行するのが最もストレスの溜まらない生き方です。

大黒柱の死で何が最重要課題か

死後の供養と称した葬式を前面に出し、それが葬式の常識のように洗脳する葬式の在り方に疑問を持ち、葬式より残る家族の生活が大事、供養は「金」でなく「心」、故人と信仰の深かった人達だけで温かく送る事が、葬式のあるべき姿であり供養であると実践してるのが、あんしんサポート葬儀支援センターです。

まいず第一として『何千万円掛けても故人が生き還ることはない』更には『残る家族の生活を脅かす高額な葬式の何処か供養なのか?』、自分が無信仰者だからの冷静さもあるだろうが、高額な費用が掛かる葬式は理解も納得も出来ず、その思いは16年経った今はさらに強くなってる自分さえいる。

2千件以上の葬儀支援をしてきましたが、家族目線で大事なのは個々の家族事情に合わせ無理をさせない葬式施行であって、読経や戒名を代表とする高額な費用の掛かる宗教儀式を最優先させる慣習は明らかに間違い、僕の知る限り、これらは霊感商法でしかない。

その最たる理由は『その金を使うのは葬儀屋、住職など一般人であり特殊な能力など無い人達である』高額な費用を故人に使うことなく、また数十万円の価値が何処にあるのか、僕も含め誰もが納得できる説明ができる葬儀屋や宗教者は存在しない。そこにあるのは霊感商法・誘導商法・そして脅しでしかないと断言する。

しかし多くの故人が心配した残る家族の生活を守ってくれる人がいないのも事実、だから残る家族の生活が守れる超低料金で、誰が見ても違和感の無い葬具を使用し、追加必須の詐欺プランでなく、且つ、これからの時代に必要となるプランを創り出しで死後の不安を取り除く支援活動をしてきた。

さらに低価格な墓閉じ、低料金の合同盆法要、法律施行で義務化された故人名義の不動産名義変更アドバイスなど残る家族の生活を守る対策と無料アドバイスも行っているのです。

自分の価値観を実践したら葬儀支援になってた

価値観の問題ですから厚い信仰があったり、世間体や見栄が優先な人は好きにすれば良いのですが、僕と同様の無信仰者なら宗教儀式に意味はありませんから、その人達の支援は僕にとって価値のある事であると同時に我が家の生活を守る術でもあるのです。

僕から言わせれば無駄に高額な葬式に意味はなく、同様に考える人達には心強い味方として施行してくれる支援センターであれば良く、それで助けられる人がいる事が僕の価値観ですが、高額な葬式、高額な布施に価値観を感じる人達は葬儀屋と大多数の寺に依頼すれば満足できることでしょう。

但し、僕のような発想の人に余分な進言をするのは非常識ですから辞めるべき、あなたが逆の立場で言われたらと考えれば普通の神経を持った人なら理解できるでしょう。自分の価値観を否定されたく無ければ、他人の価値観も否定すべきではありません。納得する必要はありませんが理解しましょう。

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