自分の文章から資質を知り人生に活かす

我想う支援日誌
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久しぶりにホームページの確認と文字間違いや修整で各ページを再確認しました。

改めてひとつ、ひとつの主張記事を読み直してみると手前味噌が過ぎますが『この人すげーなぁ』って他人事のように読んで納得と賛同とちょっと感動さえしました。

自分の文章に感動って馬鹿じゃねぇ!? 自分でもそう思うし少し呆れながら苦笑、だけど書いた文章を暫く寝かせて読むと他人の書いた文章のように読めます。

最初に書いた著書でもこれと似たような経験をしたのを思い出します。ただ文才のある奴では無いから表現力ではなく経験そのものが良かったのでしょう。

改めて読むと良く言えば一徹で奉仕の精神が旺盛な人物とも言えるけど、事業や商売、経営者像として見ると三流もいいとこ、不器用で少しお馬鹿じゃねぇのとさえ感じる。

簡単に言うと『目の付け所は称賛に値する』だけどもう少し頭を使えば結構儲けられたろうし、かなりの規模にも成れたのでは!? 経営者の能力が無さ過ぎたって感じです。

だから15年後の今も理念・信条・目的にブレはなく、商売的にマイナスとなるであろう部分でも貫かれている事に凄いと感じる人もいるけど、実際は小さな失敗の積み重ねと我々を利用して儲けようとした人達を筆頭に反面教師から教えられた結果の今だろう。

『家族目線』それも余裕の無い家族を筆頭にした弱者と呼ばれる人達の家族目線を貫くと、事業をする上で必要不可欠な『利益の確保』という最大の課題と正面衝突します。

この岐路の選択が数十億企業になるか零細企業かの分岐点なわけですが前者の選択が出来ないのだから三流以下の経営者としか言えない。

同じような思考の持ち主でも一流の経営者なら、利益を出し社員の生活水準を引き上げ、個々の能力を存分に発揮させ、更なる業績向上と利益を出して上で、その利益を社会に還元すると考えるだろう。

事業とは大小問わず『人が全て』だと思うし過去に50名ほどの社員を抱えてはみたが『面倒臭せぇ』が本音で自分で動いたほうが楽なのだから企業経営者向きで無く個人商店向きな資質なのだろう。

今の仕事が天職だと書いた事もあるが、それ以外なら『救急病院医師』『市会議員』『宗教者』などは適職の部類だろうと思える。

そう言えば校長で退職した弟が20代で一般教員だった頃「間違いなく俺より教師は向いてるし生徒や父兄にも慕われるだろうけど、組織の体制に反発するだろうから絶対に偉くはなれねぇな」と笑ってたのを思い出したが資質は今以て変わらないのだろう。

若い頃は自分の能力はもっと高いはず・・・と思ってた時期もあったが35才からの経営者人生を経験し40代で自身の能力と資質に気付き今は『できるだけ気楽に生き甲斐の持てる人生』と変化している。

経営者としては三流以下で間違いないが僕の生き方としては今が正解に思える。

老いも若きもこれからの人生を生きる上で、頑張って何かを目指すか、自分なりの人生を生きるかの選択をする時が来るだろうが、自身が終幕を迎える時『我が人生を称賛できる道』を選択するべきだろう。

こう言っては身も蓋も無いが『人生は楽しんでナンボ』頑張っても、苦しんでも、楽に生きても人生なら、小さな事でも楽しめる日々が一番だろう。

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