多分、あんしんサポートだけが聞く利用者からの声のひとつ「もう少し値上げしても良いんじゃないの!?」この言葉に続くのは「値上げしても良いから私の時まで長く続けて!」なので気持ちは分かります。
「棺」「骨壺」を代表とする原価割れ価格での提供はしなくていい、あと数万円の値上げは構わないから、、という事ですが、低価格に拘り続けるのは1万円、数万円の重みの違いが何となく分かるからなんです。
極論を言えば本当に大変な人の1万円は、そこそこ余裕のある人の100万円、500万円にも匹敵するからで、稼業倒産後の人生で経験しているから――、稼げない、頼れない、でも経費は掛かるという環境の中では、たかが1万円は非常に大事で貴重な、されど1万円なんです。
行政も含め世の中は弱者に冷たいもの、、
世の中「金」の無い人には冷たく、「金」のある人にはへつらうのが常、行政の担当者は親方日の丸ですから本当の意味で弱者の心境など理解できませんし、しませんから冷徹な言葉を平気で吐きます。
先日も母親と幼い子供の3人が餓死して発見された記事を見ましたが、行政に相談に行くと「まずは親戚を頼ってください」と門前払いされたようです。そんな対応ができるのは、対応した職員は自分では考えられない事だからで、それだけ恵まれた環境の職場にいるからです。
或いは行政内のトップや上司から命令を受けてる可能性もありますが、せめて当人の立場に立って真剣に相談を受けたりアドバイスする所があって当然だし、それが何処なのか明確に伝えておくべきです。この辺りは経験してないと理解できないだろうとは思いますけど行政にはその発想が必要なんです。
全ての日本人に選択肢があって当然の発言
人の死は自然の摂理、余裕があろうと無かろうと、それが老衰だろうと、病気だろうと、例え事故死だろうと個々の寿命が来れば終幕を迎えるし、死ねば最低でも「火葬」以外の選択肢はありませんから、葬儀屋だろうと自分で行おうと所定の手続きを経て火葬するしかありません。
「遺体搬送」「保冷剤」「棺」「骨壺」「棺搬送」「諸手続き」は必須、当然費用も掛かる訳ですが、その費用は誰も払ってはくれませんから、生活すら満足にできない家族には死活問題です。
あんしんサポートは『誰もが死後費用の心配をすることなく生きられる世の中』を提唱している葬儀支援センターですから、言うだけでなく実践し続けて初めて信頼され、言葉にも重みが加わるわけで、誰でも手が届く料金設定は絶対条件なんです。
葬儀屋の葬式概念は、お花畑の発想
本当に大変な家族を支援してきた立場から言うと、葬式を宗教儀式だと言い、故人の尊厳うんぬんと言い、葬式を商売の種とする事は、裏を返せば利益追及目的を綺麗事のオブラートに包んでいる発言でしかない。まぁそれを間違いとは言いませんが、もっと切実な問題を優先すべきと思っている。
最低条件であるはずの「火葬」するだけで20万円、30万円の世の中など論外、都内の民間火葬場への支払いだけで12万円も論外、だから尚更「高品質・超低料金」に拘り続ける必要があるんです。誰かが防波堤の役割をし続けなければ「多少高くても当然」が普通の世の中から脱却できないからです。
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