適度な距離感で付き合う

我想う支援日誌
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自分以外の人との距離感

幼少期に嫁姑の不協和音を見てきたからか、家業倒産後の経験からか、元々持ってる資質か分かりませんが、家族も含めた自分以外の人達との付き合い方に線引きがあり、どんなに親しい人でも、それが家族でも一心同体、一蓮托生という発想は持ち合わせて無いようです。

諸行無常は人間関係に於いても当て嵌まり、親しくなり過ぎると互いの我が侭も出易く、どんなに親しく成っても全ての価値観が同じ人などおらず、それは家族間に於いても同様だからです。

自分の幸せ、価値観、感性を押し通す事で家族や他人を犠牲にすれば、いつか関係の崩壊を覚悟する必要があるし、自分が他人からとやかく言われるのが嫌いですから、他人にもとやかく言わず、自分の価値観を押し付ける事も基本的にはしない為には一定の距離感を持って接することです。

だからサラリーマンでなく経営者人生を選択してきたのかもしれません。サラリーマンで生きるとは経営者の発想や価値観を共有しますとの宣言と一緒、自分なりの価値観を貫くなら自分で起業すれば良い訳で、サラリーマンで在りながら経営者批判は経営者から求められない限り負の行為です。

親しき仲にも礼儀あり

結婚して暫くすると付き合ってた当時と違い、配偶者の前でも平気で「おなら」をしたり、体調が悪い嫁さんに向って「俺の飯は?」と心無い発言を当然のようにしたり、亭主の前では身だしなみもなく、だらしない言動をする嫁さんとか、「おはよう」「おやすみ」「ありがとう」が言えない家族も考えもの――、

素の自分で過ごせるのが家庭という考え方もあるでしょうが、家族全員が自分勝手な生活をしても「和」が保てるなら構いませんが、その可能性は低く誰かが我慢する生活が続けば、我慢はいつか爆発するから崩壊に至るのは必然、なら互いが歩み寄る生活のほうが良くないだろうか。

夫婦・家族・職場・友人それぞれの距離感

夫婦・家族・親友・友人・職場など、それぞれに距離感があり、その距離感はマニュアルとして作成できるものでなく、それぞれの関係限定の距離感があるはずですから、互いに疲れず、心地良い距離感を導き出して過ごせれば、きっとベターな人生を生きられるでしょうから、そうありたいと思います。

葬儀支援の仕事は365日、24時間対応、且つたった2人ですから、嫁さんより長い時間を共有するので気を遣いながらの日々では精神的に持ちませんから、日々疲れない程度の距離感は大事で互いに無言で役割分担してたり、いつでも相談できる空気感も大事にしてます。

また僕の両親は他界してますが千明の母親は80代ですから、いつ何が起きても後悔しないよう、散骨に行った時に時間があればランチしたり、同じ話題の繰り返しでも初めて聞いたような反応で数時間は話し相手になったり、1円パチンコに連れて行ったり、ドライブしたりと親孝行の真似事を僕から提案してます。

千明の実家まで車で90分ほど掛かるので、自分からは言い出せないだろうし、行ってきて良いよと言われても落ち着かないだろうからで、その点は千明の子供達や孫達に対しても同様で、千明親子ができるだけ気を遣わず過ごせるような対応や接触の仕方を心掛けてるつもりです。

結果として自分も過ごしやすさを得られる

正月に家族と母親が集まれるよう「おせち」を作って持込可のカラオケ3時間コースで、前橋に集まるよう提案してから5年、今では千明家毎年の恒例行事となってるようだし、県外から来て時間があれば一緒にランチに行ったりして、千明の孫達と一緒に過ごす事でなついてくると孫の両親である子供達も来易くもなる。

千明が母親の娘として、子供達の母親として過ごせる環境を充実させるべく協力すれば、仕事も頑張るし、生き甲斐にも繋がるから、結果的に僕にとっても良い結果となって返ってきます。

自分が日々楽しく生きたいと思うなら、望んでるだけや、愚痴を言ってるだけでは叶わず、最初は少し面倒でも自ら種を蒔き、必要な世話をやいたり、一緒に過ごしたりする事で日々の生活が楽になったり、楽しくなったりもするし、葬儀支援に全力投球できれば会員さん達が喜んでくれる事にも繋がります。

結局、自分の発想や言動が日々の生活を創り上げてるようなもの、生き甲斐のある日々を過ごしておられる方は正解の生き方が出来てる人、そうでない人は自分の考え方、日々の言動を振り返り反省すべきは反省して、変更すべきは変更すれば、より良い人生になるかもしれません。

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