あんしんサポート葬儀支援センター著書:無信仰者の葬式参考書

本音街道まっしぐら

我想う支援日誌
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昨日1日、葬式が一段落した所で永代供養墓まで行く途中で見た桜の多くは、気付けば満開の様相いつの間にか春――、入学式は桜の花が舞い散る中で迎えられそうで良き思い出の入学式になりそうです。

この60日間は仕事の合間に執筆作業を続け16万文字の本音だけを書き続けてた事で季節の移り変わりをようやく感じられる心境になれたのでしょう。4月2日前橋は晴れですが少し肌寒い陽気の「春」花粉とコロナが無ければとてもいい季節なのに残念です。

何度かブログでも書いてますが『何で俺が葬儀支援なのだろう?』とずっと理解出来なかった理由が執筆でようやく理解できてつかえが取れた感じです。それは15年経った今も変わってない『胡散臭い葬儀屋が嫌い』『胡散臭い僧侶が嫌い』だから葬儀支援に拘り続けたんだと分り『なるほどなぁ』と納得した次第です。何処が胡散臭いか分らない人の為に少しだけ書いておきます。

『胡散臭い葬儀屋・僧侶』

葬儀屋の担当者は「供養だから」「最後だから」「普通は」などの言葉で何かする事が供養であるかの如く言うし、しなければいけないように誘導されたと葬式経験者の大多数は語りますが、葬儀社内の実態は『売上絶対主義』多くの売上を上げた人が凄くて、偉くて、表彰される社会ですから、全ては売上を上げ自分の収入を増やす為の霊感商法と誘導商法なのだから客観的に見れば胡散臭いだろう。

1,000数百件の施行の中で数百件は菩提寺の葬式をしてきたでしょうが『金の事ばかり言う住職』中には陰で「金を払いもしないくせに――、」と口にする住職さえいた。さらに『人間性に疑問しか湧かない住職』もいるが、葬式で話す法話だけは、立派な事を言うから本人とのギャップがあり過ぎて『なんだこいつ』と思う住職も多い。『供養』だ何だと立派な事を言いつつ、自身の言動はお粗末で、高額な布施だけは当然のように要求すれば胡散臭いと思われて当然だろう。

『供養とはなんぞや』

供養とはなんでしょうか!? 派手な葬式ですか? 生花を供える事ですか? 灯篭を買って供える事ですか? 信仰心も無い故人なのに仏教作法ですか? 日本の葬式は仏教と決まっているのですか? 戒名付けると死後は良い所へ行けるのですか? どれも納得できないし個人的には「NO」としか思えません。 

家族に限らず、世話に成った方、親交のあった方の供養をしたいと思うなら『故人を忘れない事、時々思い出してあげる事』が供養の基本であると会員さんには言い続けてます。

また故人が両親祖父母なら『残る家族が毎日を元気な笑顔で過ごす姿を見せ続ける事が最高の供養』だから『供養にお金は掛からない、でも心が無いと出来ないのが供養なんだと思う』とも言い続けてます。

僕自身が親の立場で自分の死を考えた時、気に成るのは葬式ではなく『後に残った嫁さんや子供達が笑顔で生きてくれる事だけを望むからです』勿論、厚い信仰心のある家族なら信仰に沿った内容の葬式をすれば良く信仰と家族のどちらが優先か分りませんけど、僕のような無信仰者にとっては残る家族が最優先、家族の事情や生活を無視してまで行う今の葬式の在り方に意味も価値観も感じない俺は、火葬と散骨で良いとしか思わない。残る家族の生活を脅かしてまで行う葬式は間違いだと断言する。

この考え方が特別で僕が普通の感覚を持たない人間なら間違いでしょうが、同じように考える人はいくらでもいる――、だから広告宣伝しなくても紹介率は軽く90%を超えるのだろう。普通に考えて葬儀屋は費用面も含め紹介し難い業種のひとつ、僕から紹介して欲しいと言う事もなく、最近は「これ以上増えると大変だ」と家族に言う事さえあるにも関わらず紹介が後を絶たないのだから、施行数を増やしたいけど紹介の少ない葬儀屋は自分の足元を見直す価値はあるだろう。

『本音街道まっしぐら』

最近のブログで『お気楽に生きてる』と何度か書ける精神状態が続く理由も分りました。葬儀屋はサービス業ですからお客様の機嫌を損なわず、何を言われても一旦は吸収し、例え相手が間違ってる我儘わがままでも全て受け入れ、上から目線の住職が来れば車まで行き荷物を持ち何を言われてもYESマンに徹す。更に会社からは毎月のように売上と施行数を追求されたら、どう考えてもストレスの溜まる仕事にしか思えません。それでも頑張ってる社員の人達ってよほど葬式が好きか忍耐力があるのかもね。

僕はそんな忍耐力は持ち合わせず持つ気もなく、自分が信じる『供養とはなんぞや』を提唱して余裕の無い家族の支援を実現させようと思えば、お客様扱いされたくて我儘で面倒な人、当方理念を知らず普通の葬儀屋だと思ってる人はギャップがあり過ぎて家族の立場からしても受けられませんから、おのずと利用者は会員限定高額な布施の菩提寺葬式は受けずだから「そんな葬儀屋に頼む必要は無い」と思われて当然のデメリット覚悟の発言。

でもそれで良い――、お金はあるのに安いほうがお得感覚の家族は普通の葬儀屋に依頼すれば良いだけの事、但し弱者主体の葬儀支援が目的だから葬儀屋では絶対真似できないレベルの葬式を実現させてきた。

わざわざ来館して貰い、2時間も掛けて本音相談をさせ、お客では無いと言われ、あんしんサポートの理念・信条・目的まで納得しなければ入会できない。そんな葬儀屋は日本に無い――、そもそも依頼を断る葬儀屋は無いだろう。お金のある家族なら「なら他に頼むからいいや」と思うだろうから対象外の家族は自然消滅してくれる。それでも入会希望される家族は葬儀支援を必要としている人達です。

だから葬儀屋では絶対不可能な料金と内容を創り出す必要があっての『15万円家族葬プラン(読経・居士大姉戒名付)』の完成を目指して数年、ようやく自信を持って日本で一番安い家族葬と堂々と言え誰も否定できないプランが創れたのでしょう。普通の葬儀屋はお金の無い人を歓迎しませんが「余裕が無ければ遠慮せずおいで」これでようやく日本に住む誰もが死後費用の心配をせず生きられる世の中に近づける。

本音で生きる為には媚びず、嫌なものは嫌と言い、デメリットも受け入れる覚悟も必要だけど2022年現在は実現しています。どこまで続くか分りませんが『気楽で』『感謝され』『生き甲斐を持って』『食えればいいじゃん』休日も無く、労働時間は長いけど俺の能力なら充分に幸せだろう。

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