我想う支援日誌

この時期は丸一日で腐敗する

今は昔のように三世代同居はとても少なくなりました。それをとやかく言うつもりはありませんが、せめて最後のお別れは普通に顔を見てできるような対策だけはしておくべきだと思う。
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だから事前アドバイスが大事

生前しか出来ないお別れを受け入れる為と、残る家族の後悔を減らす事は『事前相談でしかできないアドバイスである』葬式を滞りなく進める程度でスキル(能力)とは言えないだろう。何が分らないかさえ分らない家族からの依頼を受けるなら必要なスキルは分るだろう。
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会員継続の最終確認で安心できます

設立当初は僕自身が素人だった事もあり、何でもありからのスタートでしたから今回の流れは当然の結果です。一応3年間を掛けての最終確認まできてようやくひと安心です。
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七夕の過去に戻ってみる

七夕に限らず昔から続いてる行事は昔に戻るきっかけになる。過ぎた事だからなのか、実際にそうなのか分らないが「昔は良かった」と素直に思う自分がいる。経済成長の恩恵は大きいがどんなに成長しても忘れてはいけない事もあるような気がする。
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葬儀社の人達の言動は本心だろうか・・・

2030年代に向け葬儀社は確実に増えますが、その大半は葬儀社勤務経験のある人達です。勤務してた葬儀社を丸ごと納得してる人などそうそういないだろう。これから独立するなら葬儀の仕事をした自分の思いと勤務時代に反発したものを反面教師として歩む事です。
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「普通」という言葉に惑わされるな

あんしんサポート設立からどれだけ「普通」とか「常識」という言葉で反発されただろう。でも走る方向に間違いは無いと当時の世間に合せることはありませんでした。15年経った今、我々に近づいてる葬儀社のほうが多い現実が正否を物語っています。
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能力が無いから続けられた経営者人生

過大評価されて人の上に立った時、自分の能力の無さにようやく気付き何をどうして良いか分らなくなった時、相手の希望を出来るだけ叶える事を優先すると円滑な職場になるのが分った。その発想は社内だけでなくお客様にも通用すると教えられて40年が過ぎた。
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家族が葬儀社で使うべきでない言葉

葬式は大切な家族と最後のお別れの時、できれば穏やかな心で温かく送りだしたいものです。あんしんサポートのように嫌なら受けない葬儀社はありませんから、同じ気を遣うなら寺より担当者だし、高額な寺の布施に対し「寺は仕方ない」と言った発言は担当者の反感を買い兼ねません。
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無信仰者だから見えるものがある

信仰で必要なのは生きる指針である事だと思っている。間違っても葬式の為の信仰などあり得ないと思うのだから実態は葬式だけの宗教になってないか!? 無信仰なら無信仰者としての生活や葬式を考えるべきだし周囲に振り回されるべきできない。
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2021年合同盆法要

盆飾りや盆用返礼品を取り扱う葬儀社は多いでしょうが、個々の家庭毎に利用する寺が違う為、盆法要を行う葬儀社は無いはずです。当方で仏式の葬式をした家族は盆や追善供養を依頼する寺はありませんから葬式後も全て可能にして初めて葬儀支援です。
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15年目突入に際し会員確認と整理を実行

設立当初は対象範囲も広く葬式内容も全ての希望に合わせてきましたが支援内容の充実に合せ対象者も絞られてきました。利用者には一定水準以上の支援をと考えると更に絞られる事になりますが対象者にとっては利用し易くなるのが最大メリットです。
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温かい葬式が経験できる家族は極少数

言葉でなく温かいお葬式を経験できた家族は極々少数だろうと思います。事実私が葬儀社勤務してた頃、大手ですから施行数は多いですが一件も無かったでしょう。本当に温かいお葬式を経験すると葬式の概念が変わると思います。
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良心的な病院からの紹介もある

病院紹介の葬儀社が全て高額なわけではない。事実余裕の無い家族には、あんしんサポートを紹介する病院もいくつかあり実質うちより安い葬儀社などありません。またバックマージンの類は一切ありませんから患者家族の事を本気で考えてくれる病院です。
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胃癌摘出から2年半6回目の胃カメラ

40代以降は勿論ですが、できれば老若男女問わず年に1度は身体の機能検査をすべきだと感じます。僕は偶然から超早期発見に繋がり8日間で済みましたが、僕の姉は余命3ヶ月で発見された訳で運不運は否めませんが、運を上げるのは自身の行動だと思う。
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初めはいつも少数派

僕も日本人だが「日本人は他人の意見に左右され過ぎる」無理に逆らう必要はありませんが自分の意思や意見も大事にすべきだと思う。自分の人生は一度だけで自分だけのものです。意見が通るとは限りませんが主張すべき時は主張も大事です。
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心掛けているのは(無理しない、させない)

人には得手不得手があり、僕には工場勤務のような仕事は難しいし、大人数をまとめる仕事も好きではないけど、今の葬儀支援を必要とする人達と膝を突き合わせて可能な限りの支援を考えて実行する日々は身の丈に合ってるんだと思う。あなたにとっては身の丈とは!?
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逝去まで葬式を考えないのは何故!?

人生の区切りとなる葬式なのに事前に何の相談もせず逝去してから突然葬儀社に依頼する家族が後を絶ちません。そんな葬式で温かく満足できる葬式などできるはずがありません。我が家のケースを頭の中でシュミレーションしてみれば理解できるかもしれません。
各種手続き

法律改正して欲しい2点

法律の中には疑問符のつくものがいくつもあるが「死亡届場所」と「逝去から火葬可能時間」の2点は死亡者が大きく右肩上がりする前に改定して欲しいものです。
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余命宣告について明確にしておく

実姉の死を見ているからか、恐怖心との闘いは辛いだろうけど別れの時間を過ごしたり家族や仕事の今後を話せたほうが悔いは少ないと思うので『宣告して欲しい』皆さん自身もその辺りは明言しておかないと家族が自分と違う判断をする事もあり得るのです。
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認知症は最後の特効薬かもしれない

誰でも認知症になりたくないと思ってるでしょうが「長寿である」という条件下なら一概に悪いとは言えない気がします。認知症の「忘れる」症状は死を目前にした人の持つ死の恐怖を最小限に抑える効果が得られる気がするからです。病気なのでしょうが長寿時代の進化では!?
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