Believe in yourself(自分を信じて)

我想う支援日誌
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葬儀支援の本題に入る前にサムネ画像で使った黒板にチョークでBelieve in yourself(自分を信じて)を見て『その通りだなぁ』と思って書いてます。

15年前事業の失敗で37年前に蒸発した父親逝去の一報から葬式って何だ? と改めて考える機会が与えられた事から生まれて初めて真剣に葬式を考えた。

今まで当たり前のように思ってた葬式を自分なりに分析すると納得も理解もできない事ばかりだった。

また自分や家族の葬式費用を心配しながら生きてる人達が沢山いることも知った。

当時52才、40代の時だったら気にも留めなかっただろう。偶然には間違いないけど「必然か!?」と思うほど絶妙なタイミングだった。

父親の最後と看取ってくれた方の心境を聞いた事で葬式の根本的な概念の間違いに気づいた。

52年間葬式とは無縁の世界で生きてきたから基礎知識も無ければ、いい意味で固定概念も無かったのが幸いしたのだろう。

自身が無信仰者だからか無信仰と口にする人達が仏教式の葬式をする矛盾には早い段階から変だと気づいていたと思う。

僕は父親逝去で気付かされましたが誰もが同じような経験をするわけではありませんから僕のつたない経験や感覚が少しでも皆さんの役に立てば幸いです。

こんな感覚って説得されたり、説得するものでも無いと思う。感じる人は最初から感じるし感じない人は感じる必要はないものです。

ただ世間とか常識という戯言たわごとに惑わされる必要は無い事と、不要な人に葬儀社と宗教者の利益の為の葬式は全く以って無用な事が理解して貰えればいい。

僕自身がとんでもなく変人で一般常識の無い人間なら、52年間の人生は全く違うものだろうから凡人ではあるが変人ではないだろう。

52才から始まった葬儀支援の道を切り拓く歩みは予想以上に進まないが、前橋市周辺の葬式代は全国的にも低いだろうと思う。

それだけでも意味はあったと思っているし間接的に助けられた人達もいたはず――、と自負している。

14年経った今、52才当時より葬儀支援への思いは強くなっているが人生に於いては2度目の経験です。

1度目は20代で芽生えた『我が店はお客様の為にあり』という商道理念、40年以上の時を経て未だに変わってないのに自分でも驚く。

今回もそうだが僕の場合誰かに教えられたものは続かないけど『自分の中に湧き出たものは信念に近いのかもしれない

Believe in yourself(自分を信じて)自分で自分が信じられなくては何も達成できないだろう。

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