あんしんサポート葬儀支援センター 著書:無信仰者の葬式参考書

人は執着を捨てれば楽に生きられる

我想う支援日誌
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年末や新年は過去を反省したり、新たな年の抱負を考えたりする時期ですから68年の齢を生き、いまだ現役で動いてる人生の先輩としての経験則を書いてみようと思います。

何度かブログに書いてる座右の銘『人は執着を捨てれば楽に生きられる』この言葉が浮かんだのは多分、家業倒産後の母親と話してた時でしたが本当の意味で納得したのは50代になってからです。

人は夢を追いかける生物、幼い頃はマンガやテレビのヒーローになりたいと思い、少年期は野球やサッカー選手、社会に出ると実業家や役員など少しづつ現実身のあるものへと変化し、老年期には普通に動ける心身の健康という生まれた時に両親が願ってくれた最初の希望へと戻るようです。

『人は執着を捨てれば楽に生きられる』は全ての人を対象としてる訳でなく、人生の先行きが見える50代以降の人達が対象で独身の若い世代までは持つべきではないような気がします。

僕自身も若い頃は「お金を追いかけ」「自分はもっと能力があると思い」商人育ちのせいか起業を考える人生、仕事だけは真面目でしたが経営者や会社の考え方が合わないと相談もせず退職してから嫁さんに言うような奴でした。

仕事人間でしたから金銭面は何とかなっても嫁さんと子供を放っておく母子家庭のような生活をさせてきましたので忍耐強い嫁さんで無かったら離婚されてたでしょう。

偉そうな事が言える人生ではありませんが、仕事馬鹿人生の先輩として後進へのアドバイスをするなら

学生時代
失敗を恐れず何でもチャレンジする事で自分に合ってること、合わないことを分別する時期、例えば運動部と文化部、団体競技と個人競技、理数系と文系、など自分に適したものと適さないものを振分けられたら学生生活としたら大成功でしょう。

独身時代(30代前半まで)
いつの時代もひとつの仕事を貫く事を良しとする風潮はありますが、色んな事をしても良い時期のような気がします。自分に合ってる仕事もあれば、嫌いだけど結果は出る仕事、全く無理な仕事もある訳で何事も経験してみなければ分かりません。

例えば僕なら毎日同じ事を繰り返す流れ作業を続けられる忍耐力はありません。また出勤時間、昼食時間、退社時間が決められてる仕事も苦手、学生時代は夜は寝ないし、朝は起きない奴で中学3年の時は年間130回の遅刻してた俗にいう愚図ですが不規則勤務には適してます。

まだ家族を背負って無いなら自由にチャレンジできる最終段階でしょう。

30才後半~40代前半
今までの人生で自分の適不適、資質、能力も普通の頭を持っていればある程度分ってるはず「経営者タイプ」か「サラリーマンタイプ」かも分ってるでしょう。

男性は40才を超えてようやく大人として扱われますので自己責任を問われる年代に入るし、この頃が先の人生について最も迷いの出る時期ではないでしょうか。

僕の場合で言うと35才での起業、52才での葬儀支援いずれも僕の意思でなく『流れ』に乗ってみた結果なので一念発起して起業――、みたいな感覚は知りません。

但しどんな選択でも結果が駄目なら例え1日に3つ仕事をしなければ食わせられない事態になったとしても「家族は食わせる」だけの気概と覚悟は絶対条件です。

50代以降
すでに自分の能力や器も分り、将来も見えてる年代ですから将来の夢よりも『今を楽しく生きる』という発想に切り替える必要がある年代、僕は52才で人生の転換期が勝手にやってきましたけど、こんな考え方はどうでしょうか。

「毎日1つ小さな楽しみを繋いで暮らす(夫婦めおと)人生」

・ファミレスでランチ ・スタバでゆったりコーヒーを飲む ・夫婦でカラオケに行く ・おにぎり持って景色のいい場所で食う ・1月からはイチゴ狩りに行く などなど――、

大事なのは無理の無い範囲で日々楽しむことです
この発想が執着を捨てる事に繋がるはず、執着は捨てようと思って捨てられるもので無く捨てようと意識すればするほど執着するものですから、小さな楽しみを繋ぐことを意識すれば自然と見栄、建前、執着は失せていることでしょう。

出来れば『誰かに必要とされ、それが生き甲斐となったら最高です』

人生最大の目的は「金」でも「名誉」でもなく『他人と比較する事でもなく自分の人生を精一杯謳歌して楽しめた人が人生の成功者』ではないでしょうか――、

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