死化粧すら出来なかった姉の死

我想う支援日誌
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ある日、妹から電話で姉がスキルス胃癌の末期で入院、余命3ヶ月程度だろうと聞かされました。

本人は知らされて無かったようで、入院先に見舞いに行くと元気に話してくれました。
「癌らしけど2~3か月で退院できるって言われた」
「そうなんだ、良かったじゃん」
「うん、あまり心配しなくて良いからね」

笑顔で話す姉2~3か月で退院、余命2~3か月と聞かされてるから退院には間違いないけど――、顔が引きつらないよう笑うのが精一杯でした。

普段それほど逢ってる訳じゃないのに頻繁に行くと怪しむと1か月後に行くと少しイライラしてるようで、

「良くならないし、悪くなってる気がするんだよね」

「一旦悪化したようになってから良くなる好転反応か瞑眩めんげん反応じゃねぇ」
「そっか、そうかもしれないね」
「子供達もいるんだ医者の言う事聞いて早く治せよ」
「うん、わかった、ありがとうね」

更に1か月後に行くと死を覚悟してたようです。
「ねぇ、ちょっと良いかな」
「ん、なんだい」
「私が死んだら誰にも顔を見せないでくれる」
「いきなりどうしたんだよ」

「私、もう長くないよ何となく分るんだ。こんな痩せこけた顔、自分じゃないみたいだよ。今の顔は誰にも見て欲しくないし皆には元気な私を覚えておいて欲しいお前なら約束守ってくれると思って――」

肯定したら姉の終幕を知ってる事になるし否定したら姉は自分の終幕が近い事を更に伝えようとするだろう。どうしようか迷いましたが死を覚悟した姉の願いを聞くことにした。

「わかった姉貴の顔は誰にも見せないと約束する」
「うん、ありがとう」

人生を終えた姉の顔は化粧で誤魔化せないほど痩せこけ別人でした。逝去直後の顔は家族だけ見ました。

当初布団安置するはずでしたが姉の希望を叶える為すぐに納棺し顔に当て布を掛け最後まで棺のふたを開ける事はありませんでした。

当時の僕は死化粧も出来ず誰にも顔を見せない約束を果たす事しかできませんでしたが、あの時に今の化粧技術があったら、

「心配すんなよ、俺がいつもの綺麗な姉貴の顔になるまで化粧してやるから問題ねぇよ」
と言ってあげられたでしょう。

「そうだよね。いつも以上に美人でも良いからね」
って姉貴は言ったかもなぁ、せめて死後の見た目の不安だけは無くしてあげられたのにと思う。

叔父叔母、祖父母、母親、儀父母の葬式で泣いた事はありませんが、姉の死は涙が止まりませんでした。

『人生やり直せるならやり直して欲しい』もし本当に輪廻転生があるなら『平凡で天寿を全うする人生での輪廻転生をして欲しい』と思います。

姉のように毎年、癌検診しててもスキルス癌で亡くなる人は沢山います。

僕がサラリーマンの最後に勤めてた会社の社長も数年前に癌で逝去されましたが、毎年の健康診断と癌ペット検査も受けてたそうですから寿命と考えるしかありません。

僕自身50代まで、死への現実味が無く対岸の火感覚でしたが人の死は必ずしも『年齢順ではない』という現実を忘れてはなりません。

「いつか死ぬけど、すぐ死ぬことはない」誰でも思う事ですが、そう思ってる人達が今日明日に終幕を迎えてる現実を忘れてはいけません。

これは脅かす為に言ってるのではなく保険同様、万が一の準備だけすれば、その後は考えたくもない死など考える必要は全くないのです。

また死後費用が明確で無理が無いと分っていれば『穏やかな心』で『安心して』生活できるはずです。

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