あんしんサポート葬儀支援センター 著書:無信仰者の葬式参考書

葬儀支援は「趣味!?」「天職!?」

我想う支援日誌
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いやぁ、ブログを書いてると次々とテーマが浮かんで来て困りません。ただ数千回も書いてれば同じような事を何度も書いてますけど、書いた時期が違えば新たに読んでくれる人もいます。

前回は修行や鍛錬の中で凡人でも葬儀支援という新たな道を切り拓く為にサラリーマンならあり得ない労働条件の中で16年過ごしてるが、さほど苦痛を感じない自分がいると書きました。

この部分だけを読んだ方はきっと『人間性や資質の違い』と思われるでしょうけど、過去に様々な仕事をしてきたサラリーマン時代、役員時代、経営者時代、どの仕事でも感じたことの無い感覚ですから今と違う条件と仕事なら精神的にも肉体的にも苦痛で続かなかったでしょう。

ひとつ言うと設立当初から嫌々なのに我慢したり自分を抑えて支援事業をした記憶は殆どありません。とは言っても「傲慢な人」「横柄な人」「嫌いなタイプの人」「そりの合わない人」がいるのは皆さん同様ですから事前相談の段階でふるいに掛けてきました。

偉そうで横柄な態度の印象は住職がダントツ、表裏がありイライラさせられますから「菩提寺の葬式は受けない」と公言する事で「納得できない人と関わらず支援活動できる」状況を創り上げた事が最大要因のような気がします。

過酷と評される労働条件の中で過ごした16年間はどうだったか、昨夜搬送に向かう車内で千明に聞いてみると「嫌だと思った事は無く人生の中で最も堂々と胸を張って生きてます」と言ってました。

365日24時間の仕事、定められた休日は皆無、酒は飲めず、旅行も行けず、雑用も含め全て自分で行い、支援希望の筆頭となる超低料金、高品質の実現は赤字必須だからいやが応でも薄給になる。

そんな労働条件でもストレスを感じないのは「仕事」と「プライペード」の境界線は存在せず、多くの人達が当然のように持ってる仕事だか我慢――、的な発想がないからだと思うのです。

365日仕事と言うと大変そうですけど、時間が空けば「イチゴ狩り」「おにぎり持ってドライブ」「スロット」「カラオケ」等々サラリーマンなら休日しかできない事が毎日できる仕事、但し逝去の一報が入った瞬間プライベートから仕事へとモードを切り替えるだけの事です。

仕事に入ったら利益云々は後回し「事前相談内容を確認し家族目線」で言動するだけ、対象者は事前相談で振分けており、面倒で横柄な宗教者との接触もなく、依頼家族の目線で動けば普通に喜んでくれるから遣り甲斐もあり、個々の施行で儲からずとも総合的に食えりゃいいの精神はとても気楽です。

ポイントはリスク覚悟で『宗教者も含め嫌な人は受けない』と公言する腹を括れるかでしょう。

菩提寺の葬式を受けない理由は「人間性」なのは間違いありませんけど、依頼した家族目線が貫けない菩提寺住職の考え方が大きく影響しており、その点は次回にでも書きたいと思います。

葬儀社は『いかに差別化と価値観を増大させ利益を出すか』ですが、葬儀支援の第一目的は『残る家族の生活が守れる葬式施行』ですから、どうしたらより低料金化が図れるか、家族の負担が減らせるかとなるのは必然、残念ながら菩提寺はこの点でもプラスに作用する事は一切ありませんでした。

自分が納得できる支援活動を目指し前進させ、それで駄目なら葬儀支援事業が俺に向いてないだけ、日本で一番多い仏教菩提寺の葬式を断って尚、食えるとしたら、世間が自分達の支援を認めてくれた証であり、正に「天職」と呼ぶに相応しい事業と言えるし自信もつくでしょう。

うちの場合『仕事は趣味でやってんのか!?』と言われそうですが「うん、そうかもしれない」と思うし天職かと思わせてくれるような人達への支援事業を続けてきたから出る言葉かもしれません。

ただね、家族の内情や事情や価値観は全て違いますからマニュアルでは不可能であり、突然依頼された家族に納得できる支援など出来るはずが無いのです。

また何事に於いても代償は発生するもので、多数が旨いと言う店なら長蛇の列に並んで待ったり、作れる数量に限界があり並んでも食えないリスクだってあるでしょう。葬儀支援も同様で当方が全力投球できる家族で無ければ納得して貰える支援活動には成りえないわけです。

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