あんしんサポート葬儀支援センター 著書:無信仰者の葬式参考書

ブログが長くなった理由

我想う支援日誌
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他人様のブログは殆ど見ませんが「いいね」や「フォロー」をしてくださった方々のブログを読ませて頂くと短文や写真が多いので、5,000話以上書き続けてるブログも以前よりは短く「3分で読める」を基準としてますが――、それでも『俺のブログ長げぇなぁ』とは思う。

パソコンを触り初めて30年を超えましたが、メールは「字」が下手な僕の為に発案された神器!?、どのくらい下手かというと、息子が小学5年生の夏休みの課題で親が記入して提出する書類を書いて渡すと、先生から「自分で書いては駄目だ」と言われたと息子が言ってました。

文字の下手さには自信がある!? 文字が下手な人と言えば死亡診断書を書く医師は僕が見ても『下手くそだなぁ』と思う医師が多いから『頭のいい人は字が下手な人が多いんだな』と自分に都合のいい解釈をして納得してます。

今はメールを書く機会も極端に減りましたがパソコンが流行り始めた20~30年前は「メルトモ」なる言葉もあって10人以上の人達と毎日のように互いに長文メールしてた時期があり、メール書きで半日終わるなんて事もありました。

ところが相手の顔は写真で分っても「声」や「話し方」は全く分りませんから書いた当人と読んだ人の言葉のニュアンスの違いを何度となく経験しました。

例えば驚いたニュアンスで「!」を語尾に入れると、読んだ相手は「命令形」や「断定形」として受け取られると意味合いが違ってくるし、質問形のつもりで「?」を書くと、疑問形というより疑うような印象で捉えられる事があったりと感情やニュアンスの行き違いが多いのがメールです。

行き違いを避けようとすれば詳細に書く必要があり自然に長文になるのと、つたない文章ですが数冊の執筆でも同様のことが言えるのと、読んだ文章が頭の中で映像として浮かんでくれたらサラッと読める本になると思いながら書くとどうしても長文になるようです。

もっとも短文でも読者に真意が伝えられる文才があれば話しは別ですが、そんな才能はありませんので短文で納得させられる文章は非常に難しい――、例えるなら短歌(57577)は書けても、俳句(575)ではまとめられないようなものです。

「知って欲しい」「伝えたい」「理解して欲しい」という類の感覚で文章を書く事が多いのも長文に拍車をかけているのかもしれません。

俳句「見ただけで 長い文章 スルーされ」
短歌「頑張って 書いた文章 悦に入る されど読まれる 確率は減る」

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