あんしんサポート葬儀支援センター 著書:無信仰者の葬式参考書

ネット情報の怖いところ

我想う支援日誌
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昨年12月、30代女性が乳癌で逝去、数年前に故人の姉も癌で逝去しており、子供達に先に逝かれた老夫婦の悲しみと落胆は察するに余りあるものでしたが、少しでも慰めになればと話しを聞いてると長女が逝去した時はすでに乳癌であると分っていたと聞き反射的に「なんで?」の言葉が出てました。

「数年前の段階で適性な対処をしていれば「死」を迎えずに済んだのでは?」と聞くと「きっとそうだと思います」との答えに対処しなかった理由を聞くと予想外の答えが返ってきました。

「乳房を片方切り取ってまで生きていたくない」と考えた娘はネットで乳癌の治療方法や情報を集めてたらしいですが、正しい情報か、或いはその情報は自分に最適なものか判断を誤る可能性もあり、その時点では『命』より大事と思った事でも、じっくり検討したり解く時間はあったでしょう。

民間療法や体内温度を高温にすれば癌細胞は増殖しない等、様々な記事や情報があるでしょうけど出来れば同居して親子で一緒に向かい合う姿勢が欲しかったように感じます。

先進諸国の中で癌が増えているのは日本くらいだとする記事もあり、抗がん剤は「増癌剤」だとするアメリカの医師もいて、素人ながらにその真意を考えると「薬=毒」なわけですから発症した癌に最適な抗癌剤で無ければ自分の身体を劇薬で攻撃してるに過ぎず癌細胞の増殖と言われても不思議はない。

千明の父親が14年ほど前に癌で亡くなり、開腹手術や脳に転移した癌への放射線治療では頭蓋骨をネジで固定して照射しましたが発症から1年後の76才で幕を引きました。もし手術をしない選択をしたら完治せずとも穏やかに80才まで生きた可能性があったのでは――、と思ったりするわけです。

ネット記事を見て自分と同じだと思い込む前に『発症した癌の種類』『部位』『患者の年齢や体力』と照らし合わせ自分だけで判断せず、もし担当医に疑心あればセカンドオピニオンを受けるべきです。

日本が癌大国となり、アメリカは癌死亡が下がっているのは確か、手術で完治する癌は積極的に癌を取り除き、完治できない癌は身体を傷めつけず心穏やかに過ごす事を優先する――、といった発想ではないでしょうか。

完治しないと分ってる病でも「最善を尽くします」と言ったり、言わせる事で家族は刹那的に誤魔化しの安堵選択を行うのが日本人気質かもしれませんが物事の本質を見極める思考が大切だと感じる。

まだ生きているのに葬式の話しはできない

この言葉は何十回となく聞いてますが理解も、称賛も、納得も出来ず勧められません。

まず第一に生まれたら必ず終幕を迎える訳で、ならじっくり家族間で考えたり納得するまで相談した上で且つ、信頼に足る葬儀社(担当者)に依頼しておく事が対象者も含めた家族から後悔を減らせる唯一の方法であろうと思えます。勿論、精神的に弱い対象者なら対象者自身と相談する必要はないのです。

これを教えてくれたのは蒸発してた父親自身の終幕への布石で『大切な人との別れはどんなに辛くても真正面から立ち向かう事で後悔せず時には満足感さえ得られる』というものでした。人の終幕に関する後悔は取り返す事もやり直す事も出来ず一生背負って生きるしかないのです。

葬式代行だけなら依頼する葬儀社に困ることはありませんが「葬儀支援」は各々の家族毎に何を優先すべきか、何を伝えるべきかも各場面毎に全く違います。

初めて逢った家族の真意、事情、必要な支援内容が分る能力は持ち合わせてませんので、事前にじっくり話し合わなければ、その家族にとって必要な支援など不可能であり家族も信頼できるはずはないので『事前入会してない家族の依頼は受けない』理由もそのひとつです。

ネット情報の中には『正しい情報』もあれば『疑問や偏りのある情報』もあるし『明らかな間違い』でも堂々とか書かれていたり『嘘や誤魔化し』で美化された話も多いです。

最終的には他人がどう思うかより自分に素直になることが大事、その意味では自分と一緒に考えてくれた人達以外は例え親戚や上司の意見でも耳を貸す必要はありません。

終幕を待つ段階の対象者を病室のベッドで苦しみながら治療を受けさせるより、今しかできない事をさせてあげたり、最後の時を過ごしたいように過ごさせてあげる選択が大事、これも糖尿病の悪化で『これが最後の旅行』と車椅子の父親を押してグァムに行った方からの話しで納得でした。

治したい気持ちは理解も納得もできますが、その一線を超えた対象者なら残り少ない今をどう生きて、家族は何ができるのか、何をすべきか』の判断をされるのも一考だと思えるのです。

娘達を失った老夫婦には余りに酷なので言えませんでしたが、意見の違いがあったとしても一緒に考えたり、調べながら、治せるものは治す、そして『今を精一杯生きて欲しい』という寄り添い方はあったような気がするのです。

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