俺は余暇だから楽しみになる

我想う支援日誌
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多くの人達が目指してる印象があるのが『悠々自適ゆうゆうじてきな生活』、広辞苑で調べると「俗世を離れ、自分の欲するままに心静かに生活すること」と書いてあり、個人的に「俺は駄目だな」と思う。仕事馬鹿のような人生を歩いてきた人間、葬儀支援開始後は16年間定められた休日もなく、24時間体制の仕事でも気に成らない人間ですから「自分の欲するまま心静かに生きた」経験がありません。

わずか1日だとしても好きにしろと言われたら『何をすれば良いだろう?』と考えてしまうでしょう。ゆったり、のびりでなく、セコセコ生きてきたのでしょう。起業から35年間で事務所に出勤しないのは、海外に行ってる時、病気の時、正月の仕事の無い時だけ、仕事依存症と言われても不思議ではありません。

サラリーマン時代の休日は体力と気力回復の日、駅伝、マラソンが好きですから、冬の休日はコタツに入り、テレビで駅伝等を見ながら、ウツラ、ウツラ、グターッとして過ごす事で、翌日の月曜日から元気に仕事に入れるといった感じで完全に休養日でした。

会社を興してからは休日も必要と年に2回、社員旅行で5日間~6日間の海外旅行、折角連れて行くならと、レンタカーを借りて、みんなが行きたい場所に連れて行ったり、買物ではブランド品が好きな人、スーパーやモールが好きな人と分けておろし、数時間後にピックアップすると伝え、自分はコーヒー1杯飲むと、各所へのピックアップに走るから、いつも以上に疲れた記憶しかありません。

でもスタッフ達は半年に1回の旅行で、行く前の2カ月は「どうしたい」「何処へ行きたい」とお客様にアドバイスして貰ったり、仕事の後で旅行会議と称して楽しみ、旅行後の2カ月は「土産話で盛り上がる」のですから、年2回の海外旅行で1年間楽しめる事から、合わせて2週間の休店は無駄ではありませんでした。

仕事の時間を削り、休日という限られた少ない時間だから目一杯楽しもうとする「余暇」を利用した旅行等の時間は楽しいのだろうと思う。もっともブルジョワで1か月間の旅行をするような人達は、違うのかもしれませんが、庶民感覚しか知らないので想像すらできません。

「悠々自適」な生活、これも僕には同様の感覚、普段が追われるような時間を過ごしてるから、正月とか、ちょっとした空いた時間を楽しめるように気がするんです。いつも時間があったら――、と考えても経験が無いからでしょうけど、頭の中に映像が浮かびません。

先日ネットで60才で定年退職した人がタイで年金暮らし、のんびり猫と過ごしてると書いてありましたが、ちーっとも羨ましいとは思えません。電話が入れば戦闘態勢に入り、夜中の出動で大変な事もあるけど、それで助かる家族の笑顔を見てるほうが個人的には幸せです。

それが僕の感覚、自分が幸せと感じられる時間であれば、周囲がどう言おうと、どう感じようと迷惑を掛けない限り関係ないわけで、同年代の人達からすると「あの年になってまでバタバタしたくないよね」と周囲から言われたとしても、毎日休日のような日々を過ごしたいとは思えません。

マスコミは「老後はいくら必要」だとか「他国の老人と比較して日本の老後は――、」と何故か卑下ひげした記事を好んで書きますけど、相手の好みのタイプが人それぞれで「蓼食う虫も好き好き」と同様、迷惑を掛けない限り他人の目や言葉に頓着とんちゃくする必要はありません。

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