幸せと感じる大前提がようやく分った

我想う支援日誌
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前回「小さな幸せを積み重ねる人生」を書いたあとで車を運転している時「人が幸せを感じる為の大前提」らしきものがみえた気がした。

「人」がではなく「僕」は、かもしれないが結論を書くと・・・

幸せを感じる状況毎にマッチングする人の存在が絶対条件」なのだと思う。

テレビで夜景の見える豪華な部屋の画面が出たら「良いなぁ」とは思うが幸せだろうなと思わない。豪華なホテルに泊まっても幸福感はない。

価値観は人それぞれだから分らないが「金」があるから幸せとは感じないし「豪華な食事」だから幸せとも感じない自分がいる。

もっとも、それほど金持ちになった事もなければ、一食10万円の食事もした事はありませんから貧乏人感覚かもしれません。

例えば食事なら相手が一人でも複数でも『団欒だんらん』と思える環境が絶対条件な気がするから、自分以外の「人」の存在が絶対条件です。

仕事では「信頼に足る人物」と過ごす時間に幸福感を感じる訳で仕事の成果うんぬんと別問題です。

大切な家族と何気なく過ごしてる時に意識した瞬間に幸福感を感じたり、仕事中の何でもない時間でも意識した瞬間に感じることが多い。

ただ必ずそこには自分以外の「人」の存在がある気がする。

子供の頃を思い出すと良き思い出は旅行を始めとした特別な時間ではありません。家族全員が笑っている何気ない場面です。

自分の幸福感は自分だけで成り立たないのだとしたら、幸福感を与えてれる場面の出演者も大事にしないと「小さな幸福感は得らない」のかも。

人間生きてりゃ誰だって腹も立つし、喧嘩もするし、気分が悪い事もあるけど、自分で意識して気持ちを切り替える努力は必須だろ。

それが自分に幸福感を感じさせてくれるだから・・・

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