認知症でも昔の事は覚えてる。分る気がする

我想う支援日誌
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毎年のことながら年末に入ると年内もつかどうかと医師から言われました――、という内容の連絡が数件入ってきますが、今年もすでに10件ほど入っており、午前中は昨日は元気だった人が孤独死して警察の検視が入ってるとの連絡で待機中です。

今年は31日大晦日が友引、前橋は1日・2日が休場なので3連休となり28日逝去くらいから年明け火葬という流れになりそうですが、1月2日はコロナ感染死のみ1日全日火葬するようなので1週間火葬できないみたいな事は無さそうです。

20日の今はきっと何処もクリスマスソングでしょうが、25日からは正月音楽が流れ、琴曲『春の海』を聞くと「正月だなぁ」とほのぼのした感覚になります。

ところで皆さんは正月を思い浮かべると、いつ頃の正月が頭に浮かんでくるでしょうか!?

何となくyoutubeで春の海を聞きながら目を閉じると自分が小学生の頃の正月が思い浮かびました。曲が終わって目を開けた時、正月は67回経験しており5才から記憶があるとしたら62回経験してるのに、何で小学生の頃が思い出されるのだろう?と思ったわけです。

学生時代でも、大人になってからでも、結婚後でもなく、何故なにゆえに小学生時代なのか分りませんが、認知症の人達は昔の記憶はあるけど、最近の記憶が無いのと関係があるのかもしれません。

そう考えると16年前に始めた葬儀支援事業も2,000施行を超えましたが始業から5年くらいまでの葬式の記憶は今も鮮明に残っているのに対し、最近は昨日、一昨日の施行ですら『誰の葬式だっけ?』と思うのも決して珍しくはありません。

ということは――、加齢で物忘れが早くなってるのもあるでしょうけど、子供の頃とか、施行数の少ない時など、記憶総量が少ない時の記憶のほうが鮮明に残るの!?という気もします。

記憶は大脳生理学でしょうか、学んだ事はないので定かではありませんが、子供の頃の時間はゆっくり過ぎるけど、加齢に比例して1日、1か月、1年が速く感じるのと同じ理屈では!?なーんて思う自分がいて、素人感覚ではありますが、もし正しいとしたら認知症の方が遠い過去は覚えているのも分るような気がしたわけです。

或いは、自分の中にある良き時代の記憶が強く残ってるのかもしれません。実際のメカニズムは分りませんが、その辺りが分るだけでも認知症の人との関わり方の参考になる気がします。

目をつむり琴の音を聴くと『60年前の映像が出て来る』まだ僕は使いませんが高齢者が使う定番言葉で「昔は良かったぁ」は個々に最も良かった時代との比較なのでしょうか、今より間違いなく不便で貧しい時代のほうが良かったと思う老人のほうが何故か多いです。

それは「幼き時は将来に夢があったからでしょうか」それとも「昔の日本人のほうが人の温もりが強かったのでしょうか」或いは「人は全てに於いて満たされるより、たまの楽しみだから満足感が得られるのでしょうか」

ようやくデフレ不景気からインフレ不景気に入り、次は若干でも好景気に向ってくれる可能性も出てきましたが、超高齢化で認知症老人が増え続ける日本にとって機械化より、人の温もりを感じられるアナログの良さを見直す時が来てるのかもしれません。

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