一般葬、自宅葬を断る事にした理由

我想う支援日誌
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2007年に立ち上がり、2008年NPO法人設立の翌年から6年間は倍々ゲームで依頼数が増え200施行を超えた時「葬儀支援」を本格化した。

6年間本格化しなかった理由はいくつかありますが「我々の行う支援活動は利用者に必要とされるのか?」が最大テーマでした。

たった2人で200施行なら充分目的は達成できてるけど、体力的には続かない事も分り一時は拡大路線を考えました。

但し会社の規模を大きくすると人件費が料金に跳ね返る為、同じような小さな規模の葬儀屋での共同事業なら可能と考えました。

零細企業はいずれ淘汰される可能性が高いくらいの事は経営者なら理解していると思ったからです。

ところが7年間で感じて来た葬儀屋経営者の独特の感覚は全国的にも同じなのかもしれないと思い始めて途中で止めました。

葬儀経営者の独特な感性

他人のスキルはいくらでも吸収するが、他人に教えたり、伝えたりする事は一切しない。

これは県内の葬儀事業を行う経営者から事業の大小問わず感じてきたものです。

僕が馬鹿なのか全く理解できません。僕と接触の合った葬儀屋なら分るだろうと思います。

どんな事でも隠すことはまずありません。他人に言う事で「いつまでも固守せず前に進める」「新たな発想をしようと考える

結果として自分をより高みに持ち上げられると考えてるからです。小さな事に固守してたらいつか行き詰まると考えるからです。

これは葬儀業界だけでなく美容業界でもスーパー業界でも同じ姿勢で、互いに良い発想を出し合えば全てに於いてより良くなる。

但し同地域では競合するから個体差が出たら精神的に穏やかではいられない人も出てくるだろうが他の地域なら問題はない。

実際は細かい部分まで話し合った経験はないのですが「聞くけど言わない」と感じられてから何も言わなくなりました。

葬儀支援で一番大事な「一貫した家族目線」が無理な人種と知り「あんしんサポートは拡大すべきではない」と拡大路線は捨てました。

葬儀支援を続ける為に

一般葬、自宅葬など何度か葬儀社を紹介しましたが、一度我々が施行している家族からすると当たり前ですが相当違うようです。

どうせガッカリさせるなら受けずに家族が自分で探したほうが良いとの判断に至りました。

2021年5月11日詳細は伏しますが、特殊な状況での依頼、数時間に渡り家族にアドバイスすると隣で聞いてた千明は驚いてました。

「聞いてた私でさえ、そこまで家族の事を考えてるんだと感動して涙が出てきました」

聞いてた5人がどう感じたか分りませんが最初から最後まで主目的がブレる事なく、時にはきつい言葉になっても伝えます。

アドバイス内容は大半が葬式後ですから最終的に家族が判断することで、その後は分りませんし再入会しなければ関知しません。

ただ僕の人生経験では
代償を求めるなら初めからすべきでない
すぐ代償が無くてもいつか返ってくる
例え返って来なくても自分に後悔はない

そんな人生を歩むようになってからのほうが充実した人生になってます。

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