あんしんサポート葬儀支援センター著書:無信仰者の葬式参考書

5才から聞かされ続けたことわざ

言葉・ことわざ
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賢者や偉人の言葉を座右の銘としてる人達が沢山いますが、僕も含め極々普通の一般人でも明言、というより迷言が浮かんでくる場面は何度も経験してるでしょう。かくいう自分にも何十かの言葉があってブログに書いた言葉も多いですが、過去に生まれた言葉のきっかけとなった場面を思い出しながら書いてみたいと思います。人生に於いて初めて聞かされたことわざです。

『実るほど頭をこうべ垂れる稲穂かな』
『俺が俺がの「
」を捨てて、おかげ、お蔭の「」で生きろ』


中学3年で倒産する事になるのですが、結構大きな魚屋(後にスーパーになる)の跡取りとして生まれたからでしょうが、多分、人の上に立つための帝王学だったのでしょう。記憶にあるのは5才くらいからで祖父母に何度も何度も繰り返し聞かされた言葉です。

お婆ちゃんの話しでは、祖母の実家などに連れて行くと大人の話しを黙って聞いておらず、納得できないと納得できるよう説明を求める可愛げの無い子供だったそうで、一例として大人同士の会話の中で「犬が西向きゃ尾は東」と聞くと「小父ちゃん待って、犬は尻尾を振るから北と南じゃないの?」と言ったらしくお婆ちゃんは恥ずかしかったそうです。

またお婆ちゃんとお店横の道路で凧揚げしてたら電線に引っ掛かり糸が切れ、凧が取れなくなった時「ねぇ、何で電線は上にあるの?凧揚げに邪魔じゃない」と言い「馬鹿だねぇ電線は上にあるに決まってるんだよ」とお婆ちゃん――、すると「そうなんだぁ、僕なら地面の下に埋めちゃうけどな」と言うのを聞いて驚いたそうですが、お店で働いてくれてた人達との会話でも似たような事が何度もあったらしく、その度に聞かされたのが『実るほど頭を垂れる稲穂かな』『俺が俺がの「我」を捨てて、お蔭、お蔭の「下」で生きろ』の教えでした。

その結果ことわざの如く生きてれば素晴らしい教えだったのですが、偉そうにしてはいませんけど腰の低い人間ではないし、生徒会とか同窓会とかで前に出てくタイプではありません。されど後ろに下がっているほど引っ込み思案ではありませんので、ことわざとして知ってはいても、さほど教訓として身に付いてない帝王学だったようです。

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