年代毎の変化と提言

生き方
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「〇才になるとガクッと来るよ」と言われたり聞いたことのあるフレーズだと思うけど、個体差があり『ガクッ』を実感したのは少し遅くて69才の声を聞いてから、実感したのは2点で布団の中に入ると眠ってる自分がいたり、数年前なら考えられない時間、例えば午後8時過ぎに布団の中なんて事さえある。

それと夜中に起きず朝を迎える事が無くなり、夜中に目が覚めたりトイレに起きたりするが、若い頃「寝かせておけば12時間寝てる」と言ったら「若いんだね」と言われた理由がようやく分かりました。

もう1点は『耳鳴り』静かにしてると左耳限定で「キ―――ン」という音が聞こえ続けてるから、それだけ難聴になってるので耳鼻科で漢方薬を処方してくれたが、1か月半が経過した今も改善されてない。

脂肪肝・糖尿病も抱えてますけど、この辺りは40代から始まってるので老化というより、毎晩500mlコーラ2本とポテトチップ1袋を食べ続けるような食生活によるものだろう。太った事が無かったので糖尿病など論外だと思い込んでましたが、父親が糖尿病だったと聞かされた52才は時すでに遅しでした。

70才の今から過去を振り返ると年代毎による心身の変化があったので、個人的なものではありますけど参考になる点があるかもしれませんので書いておきます。

30才

最後のサラリーマン時代、29才で入社して31才の頃には役員として経営に参画し肉体的にも無理が効き、精神的にも子供から大人に脱皮し始めた頃で現場の仕事としては絶頂期でした。

34才で無理がたたったのか夜中の腹痛から検査、検査で1か月入院、その直前に知り合いが僕を代表として有限会社を設立したと聞かされた事から、サラリーマンから起業するきっかけとなった入院でした。

社長の了承が得られず1年間の猶予を経て退社した35才から現在に至るまで、人生の半分35年は経営者人生を歩み続け、初めの20年は美容業の経営者で年商800万円弱の美容室から始まり、5年後は年商3億円と40倍に成長はしましたが、好きじゃない仕事は楽しくありませんでした。

サラリーマン時代は何処かで経営者への憧れのようなものがあったけど、仕事をする上で一番重要なのは役職ではなく、職種というか自分の持つ資質や価値観と適している事であると分かった。30代までの独身者なら自分に最適か若しくは適職を探す期間と考えても良いだろう。

既婚者や子供のいる人も基本は同じだけど、適職や天職が見つからなければ転職しても構わないが、例え寝る時間が取れなくても『家族は食わせる』これが守れれば問題ないだろう。

40代

僕の経験からすると男性は40才を超えると「大人」と認識されるらしく、40才を超えてもフラフラしてるようでは先の人生もおぼつかないので、40才になった時点では進むべき道を見つけておく必要がある。

早い段階で適職や天職と出逢えた人なら、ある程度の役職にも就いてるだろうけど、30代後半からではそうはいかないはず、しかし好きな仕事、適職、天職なら社内の地位などさして気に成らないだろう。

問題は定年後の生活、現在40才の人で言うなら65才で定年しても年金支給は70才になってるだろうから5年間の空白ゾーンがあったり、自分達夫婦が食える年金が保証されてるわけでなく、自分が先に逝ったら残す奥さんが食える年金には成らないだろうから定年後の収入を考慮しておく必要がある。

その為には遅くても定年5年前には布石を打ったり、道を切り拓いておく必要があるだろう。僕のケースでは52才の時に父親逝去の一報が八王子裁判所から届いたが、例外で普通はあり得ませんので、サラリーマン時代から将来を見据えた言動をしておく必要があります。

50代・60代

今がその年代の人なら納得でしょうが思ってるほど老化はしてませんから、50・60の手習いは充分成り立つので食える資格で適職なら資格取得もひとつの方法だし、やってみたい商売があるなら準備に入るのも良いだろう。しかし食べ物屋の場合、周囲が納得してくれるレベル以外の腕前なら論外です。

あ、ひとつ言っておくと趣味で上手なレベルと商売としての基準は全く違うので要注意、お金を払っても食べたいと思われるもので無ければ失敗に終わるだろう。

また田舎暮らしを希望する人も多いけど田舎暮らしは思ってるより大変、千明の実家が山間部の田舎だけど思ってたより周囲との人間関係が面倒、都市部で育った僕では住めない。

65才~定年後

この年代になると生き方もそれぞれでしょうが、個人的には『生涯現役』が最善と思ってるので、その時点の心身で無理のない範囲で出来る仕事を続けるのがベストと思ってます。

男性81才、女性87才が平均寿命、健康寿命は男性72才、女性75才と言われ、健康上の問題なく普通に生活できない状態で男性は約10年間、女性は12年間生きるという事ですから、周囲は驚くけど俗にいうピンピンコロリが最高だろうと思っている。

当法会員も含め医師の大半は余命のある「癌」での逝去が最善と言われるので、死後対策さえ整えておけば、終幕を迎える瞬間まで現役で動き回りピンピンコロリが良く、奥さんが残るケースが多いので自分の死後の生活試算や対処はしておく必要があるだろう。

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