「2」父親の最後を看取ってくれた人

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待ち合わせの日、関越、都内、神奈川と3時間ほどを走った午後、目的の駅に到着少し早く着き周囲を見渡すがお婆さんの姿はありません。

運転で疲れた身体を伸ばそうとシートを倒すと同時に携帯電話が鳴ります。
「武井さんですか、到着されたみたいですね」
「あ、はい、何処からの電話ですか?」
「すぐに近くにいますから車まで行きますね」

電話を切って間もなく助手席の窓をコンコンと叩く音がして見ると予想したお婆さんでなく、少しおしゃれな小母さんが立ってます。
「武井さんですか?」
「はい、〇〇さんですか?」

互いを確認すると助手席に乗って貰い落ち着いて話しのできる場所に案内して貰う途中、お婆さんではなく先の人生を心配する必要は無さそうとホッとする。

さすが俺の親と、少し顔がほころんでたようです。
「何かおかしいですか?」と言われ我に返り、
「いえ思い出し笑いです」と真面目な顔に戻します。

案内してくれたシティーホテルロビーは静かだしコーヒーも飲めて時間無制限だから最適な場所です。

ソファに向かい合って座ると改めて互いに自己紹介、父親は60才で糖尿を発症その後は徐々に進行して70才を過ぎた頃は車椅子生活だったそうです。

自分の死を意識すると近くの葬儀屋さんで全て自分で決め、どうすれば良いか書き記したようで、彼女は書いてある通りの葬式と散骨をしたようです。

父親は天涯孤独と言ってたらしく妹は娘だと言わなかったようで最初の1時間は突然現れて息子と言われても信じられないという顔でした。

少し緊張が解けた頃、改めて武井利之(としゆき)とフルネームで名乗る。
「あ、その名前は甥御さんだと聞いてます」
「はぁ? 天涯孤独なのに甥ですか?」
「あ、ほんとだぁ、それって変ですよね」

初めて見せた心からの笑顔、親父から聞いてた名前で不信感も無くなったようです。

90%以上は彼女が話し蒸発前の事は聞かれたら話す程度、母親の話しは一切してないだろうし今さら過去の話しを蒸し返しても意味はない。

今日の目的は先の人生をどうするかの確認だし妹に声を掛けずに来て正解。30有余年の話しは終わらず部屋をとって徹夜で話しました

父親は青い海が好きで海外旅行もあちこち行ったようで思い出の写真も沢山持ってきてくれました。

最後の旅行となったグァム島の写真は頭にバンダナを巻き年相応に老けていますが37年前の父親そのままで写真には数名の外人さんも写ってました。

「お知り合いの方々ですか?」
と聞く僕に満面の笑みで――、
「いいえ、グァムで偶然知り合った人達ですけど、誰とでもすぐ親しくなっちゃう人でしたから」

と楽しそうに話す彼女の笑顔にホッとします。
「あは、そうなんだぁ、実は僕も旅先で出会った人達とすぐに仲良くなれる奴です」と笑う。

数時間前は見ず知らずの僕と今は父親を介して楽しそうに話す自分にも納得したのでしょう。大きく笑顔で頷くと親子なのだと納得したようでした。

葬式の話を聞くと一人で火葬だけのお葬式、見せてくれた写真は自宅安置棺され赤いバラの花が飾ってあり線香具はありません。不思議に思って、

「線香は無いんですね」
「線香は要らない赤いバラにしてと言われました」
「なるほど、ところで遺骨はどうされたのですか」
「ハワイの海に全部撒くよう書いてあり全て粉骨にしてリュックを背負って撒いてきました」

「ところで父は全部撒けと?」
「はい、身体がバラバラにならないよう必ず全部撒くよう書いてありました」
「なるほどぉ、何となく分りました」
「一人でハワイに行くのは大変でしたが彼に言われた通りにできて満足です」
「それに今もこの場にいて笑顔で見守ってくれてる気がするんです」

経営者として父親としての彼は決して褒められるものではありませんが、人生の最後を一緒に過ごした彼女には死後も温もりを残せたのが救いです。

互いに助け合い信頼し合って生きて来た人生だろうことは容易に想像できるし蒸発後の人生を一人で寂しく生きてた訳でなかったようです。

彼なりに謳歌した人生だと分り気が楽になったし一緒に人生を歩んでくれた彼女に感謝です。

色々な話しを聞かせて貰った最後に言いました。
「なぜ全てハワイに散骨と書いたか分りますか?」
「身体がバラバラにならないようにでしょ?」

「いいえ、そうじゃないですよ。自分の遺骨を残したら貴女の人生の足かせになるから何も残さない、全て捨てさせる為に実行させたはずです」
「えっ、どういうことですか?」

「父親を大事に思ってくれたように父親も貴方は大事な存在、でも自分が守れないと分った時、貴女が自分に縛られて寂しく過ごすより誰かに包まれて幸せに過ごす貴女を見るほうが気は楽です。その為の何も残さない選択。だから父親の亡霊に縛られず親父との思い出は心の中にしまって毎日を元気な笑顔で過ごせる人生の選択が父親に対する最高の供養だと思います」

そう伝えて、彼女との時間をあとにしたのです。

前橋までの数時間、この話しは妹には出来ないな、それにしてもたった一人で火葬だけの葬式と全て散骨なんて初めて聞いたな。

普通なら質素で申し訳ないとか後悔の言葉が出ても不思議じゃないのに、あんなに満足できるってどういう事なんだろう。

どうも僕の知ってる葬式だけが葬式じゃないのは確か、とにかく前橋に戻ったら葬式について調べてみようと沈む夕日に向かって帰路についたのです。つづく