親の後を継ぐ!?

生き方
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今回は親の職業を子供が継ぐのは自然な流れとも思う反面、職業によっては『そうかなぁ?』の疑問が湧く職業もあるし『そうじゃねぇだろ!?』って思うケースもあるという話しです。

事前相談や施行時の話しの中で僕の年齢が70才だと分かると『えっ、爺さんじゃん』と分かり驚くのと「後継者は?」「息子さんは?」と言われる方も多いのですが、子供は親の仕事を継ぐのが当然のような発想が理解できないのは僕だけでしょうか?

僕自身の過去を振り返ると商人の後継ぎとして生まれて生後数カ月∼5才まで祖父母に育てられ、経営者に必要な帝王学と5才になると現場も経験されられた事から、後継者になるものと思ってました。

この慣習は15才まで続きましたが稼業倒産で目標喪失、少年なので負債は背負いませんでしたが、住む家も含め将来の目標も無くなり空っぽになると同時に自由という選択肢を得られました。

「人生の自由」を得られた反面「一切の費用も自分持ち」でしたが、自分の中にある資質や適職など考察するに、スーパー業が不適格ではありませんけど、葬儀支援と比較すると劣りますので『生きる道の自由』を得られたのはラッキーだったと思う。

葬儀支援センターは誰もが出来る仕事ではない

葬儀支援は特殊な仕事で「昼夜問わず24時間対応」「年中無休」「超低報酬」「長時間労働」「現場・経理・掃除・企画・法律も含めた諸知識・話術」等々が必須という何でも屋のような仕事、一見すると凄い人のように思われるでしょうけど、どちらかと言うといい加減な性格が向いてると思う。

向いてない代表的な性格として『規則正しい生活を旨とする人』『型にはまった融通の効かない人』『創造力に乏しい人』『近未来予測の出来ない人』言葉だけを見ると素晴らしい人と思われそうですが、各項目を良く見れば分かる通り『子供みたいな人』が向いてるんです。

その中でも最も大事な要素は『他人が喜ぶ姿を見ると嬉しくなる』と『動き出すと損得勘定は後回し』でなければ規制概念、固定概念は突破できませんから、始める前に利益計算をするタイプは無理です。

一般論で言えば変な奴と思われるでしょうが、誰もが分かる例で言えば「白熱電球を発明したエジソン」「空を飛ぶ事を目指したライト兄弟」は間違いなく変人と言われたはず、日本人で言えば経営の神様と言われた松下幸之助氏は、あれば庶民が喜ぶものを創り出し続けた人です。

だから素晴らしい人間と言ってる訳でなく『個性の違い』例えば自閉症の人の中には特殊能力であるサヴァン症候群という才能を有した人物もいる事は多くの人が知る事実、我々が考える葬儀支援とは葬式を代行することでなく『残る家族の生活が守れる葬式の企画・施行と死後に必要な知識やアドバイスの提供』です。

これは親子だから同じように持つ性格・資質・価値観ではありませんので、子供に継がせたいと思う親心は理解できますが、それは親の強欲でしかなく子供の本質を見抜いた判断である事のほうが少ないはず、その代表的な職業をいくつか列記します。

医師

人の命を助ける事も奪う事もできる医師は複数の要素が求められ「専門知識」「経験」外科なら「器用さ」などあるけど、一番の要素は『患者を助ける事に喜びと使命感を持てる人』これら資質や能力は親子だから同じでなく「金」で得た国家資格では駄目なんです。

宗教者

そもそもカトリックの神父は一生独身ですから息子は存在せず、子供がいるとしたら配偶者と死別してから神父になる稀なケース、プロテスタントは結婚が認められているが、知り合いの牧師の息子は病院勤務してるから子供が後を継ぐ印象はない。子供が後を継ぐのは「仏教」「神道」くらいでは?

宗教者は人生の指針となる事を教えつつ自身の生き様として見せるべき人のはず「宗教者」≠「金」では無いはずですが、多分、日本の住職と神主は儲かる、、嫌、、儲かったのだろうと思う。だから子供に後を継がせたいと思うんだろうな。

ところが檀家は「金」出す人であり資金が必要な時は檀家に寄付を募るのが当然、子供の頃は檀家から「坊ちゃん」と持ち上げられるせいか「人」として成長できないまま住職になるから檀家から尊敬されず、後ろ指を指される世襲住職が多いのも仏教離れ要因のひとつです。

この点は僕自身も経験しており、周囲の大人がガキの僕にも親切に下から対応してくれるので、いつの間にか傲慢なガキになり、ある人の事を父親の前で馬鹿にしたような口をきいたら、後ろに飛ぶほど殴られ「人を見た目で判断するんじゃない!」と叱られ馬鹿息子から抜け出せた経験があります。

政治家

今の政府や政治家を見れば分かる通り、世襲議員が父親と同様の政治能力に長けてる訳でないのに選挙地盤があるから政治家になれる――、って根本的に間違ってませんか!?

我が子が住みやすい国、人生を楽しめる国、老いても安心して生きられる国にしてあげたいものです。

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