35才で起業する前は法人役員として経営の中枢を担ってきたつもりでしたが、起業してみるとサラリーマン役員と経営者は次元が違うことを思い知らされたのです。
サラリーマン役員時代は偉そうな事を言っても退社すれば負債を抱える事すら無かったですが、経営者になると個人の不動産も含め人生の全てを賭けるしかなく、前役員を退社する際、社長から言われた「タケちゃんは逃げられるけど俺は逃げられないんだよ」の言葉の意味がようやく理解できました。
サラリーマン役員とは比較に成らない責任と覚悟をヒシヒシと感じながら、20年の美容業の経営者人生に幕を引いたのですが『生活弱者の本音』を最重要視した国内初の葬儀支援センターにすると公言した事から、52才からは更に数段上の覚悟を持ち続ける人生のスタートを切りました。
待っているだけでは何も出来ない
葬式代は高過ぎる。布施が高過ぎる。と口にする人はいくらでもいて、その中には評論家もいますが本気で改善、改革しようとする人は逢った事すらなく待っているだけでは何も変わらないのです。
料金幅は広いですが葬儀業界にも相場らしきものはあり、直葬は10万円~40万円、家族葬は20万円~100万円+宗教者謝礼、この宗教者謝礼は談合でもしているのか?と思うほど、例えば信士信女の戒名での葬式30万円、居士大姉50万円~、院号80万円~と口裏を合わせたような設定です。
当支援センターが墓閉じを始めた当時の閉眼読経は1万円~3万円だったものが、今は一律5万円なのも業界内の談合だとすれば独占禁止法に抵触する可能性が高いですから、建前として「布施はお気持ちですから」と言うのでしょうが、多くの寺は周辺地域に合わせた料金表があります。
葬式代、宗教者謝礼、いずれも利用者、特に生活弱者など眼中になく自分達の都合と欲望で決めた報酬(布施は施だから布施とは呼べない)を当然のように要求、葬儀屋も同様で自分達の利益第一で生活弱者目線など存在してませんから、自分達で動き創るしかありませんでした。
腹を括る覚悟が出来た理由
第一として、葬式とは故人を弔う心も含め残る家族の為に行うものであるはず、されど現状の葬式は霊感商法を利用して葬儀屋、宗教者が儲ける場になっている事、死後費用の心配をしながら生きてる老人が余りに多い馬鹿げた現実が当たり前になっている事でした。
第二として、たった1人で送った父親の直葬でも満足できる事を知り、葬式の満足=金額ではないと分かったが、残念ながら生活弱者でも不安なく送れる葬式が存在して無かった事です。
そこで義務である国民健康保険から支給される葬祭費5万円だけで骨壺に納まれる葬式プランを創り出す決心をしたわけで、それには相当の覚悟が必要でした。
覚悟に安定、安住はない
利益が出ない、儲からない、休日が欲しい、労働時間、睡眠時間等々の思考がある限り『覚悟』など到底できませんけど、戦地なら「全滅」or「勝利」、その意味で言えば命まで取られることは無いので、さほど難しい覚悟ではありませんけど、人生の全てを賭けるくらいの覚悟は必要です。
覚悟無き者に勝者はない
「金」=勝者と発想する人も多いですが人生は金だけでなく「心」「心身の健康」「人間関係」「生き甲斐」など複合要素で自身が感じるものであり、周囲が決めるものではない。
夫婦が共白髪まで仲良く暮らすには、自分の事だけでなく互いに支え合い、互いに我慢し合い、互いを尊重し続ける覚悟、そして互いの健康が伴って初めて到達できるもの、そこには「金」「名誉」など一般的な成功者の条件はありませんが夫婦としての人生の勝利者です。
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