蝉の鳴き声

世情
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今朝、玄関を出ると今年初めて1匹のツクツクボウシの鳴き声を聞き、そういえば今年は6月後半か7月初旬にジージーと鳴くアブラゼミの鳴き声は聞いたが、それ以降は一度も蝉の鳴き声を聞いてない。

蝉の鳴き声と言えばミーンミーンだと思うけど、一度も聞かないまま秋が近いと思わせるツクツクボウシだから、ミンミンゼミは化できない猛暑だったのだろうか?

数年前から感じてるのは夏が6月~9月の4か月あること、子供の頃は7月20日前後までは梅雨で暑くなく、暑い時期は1か月ほど27~28℃の中で時々30℃を超えると猛暑と呼んだ。

梅雨明けの7月25日~夏休みになると午前6時~夏休みが終わる8月24日までラジオ体操、皆勤すると鉛筆1本と大学ノート1冊が貰えた。歩いて1~2分の保育園でのラジオ体操は「新しい朝が来る~♪」の歌声で起こされ、蚊帳から出て目を擦りながら行った記憶しかない。

夏休みは子供会の行事も「バス日帰旅行」「スイカ割り大会」「保育園の庭に幕を張った映画鑑賞会」「夏祭り」など楽しみが沢山あって同級生だけじゃなく幼稚園から高校生まで一緒に騒いでたけど、今は集団登下校以外で子供達を見ることは殆どない。

路地も無いけど子供達が集まって遊ぶという習慣すらないのだろうか? ミンミン蝉、あぶら蝉が喧しいほど合唱が聞こえ、上級生が下級生を引き連れて遊ぶ中で上下関係や上級生が下級生を守るといった道徳的な思考も経験から学んだ気がする。

夕方になるとカナカナと蜩(ヒグラシ)の鳴き声、午後5時で仕事が終わる家の子は「ご飯だよ」と呼びに来られるけど、商人育ちの僕は日が暮れるまで遊ぶ、帰る途中の家々からの煮物の臭いを嗅ぎ、年寄りが道端に竹で編んだ長椅子に座ってウチワで扇いでる姿を見ながら帰る。

だからだろうか、蝉の鳴き声を聞くと幼少時代を思い出すし、蜩(ヒグラシ)の鳴き声を聞くと夕方の風景が頭に浮かぶが、10年ほど前に一度散骨場で聞いてから蜩の鳴き声は聞いたことがない。

昔は良かった、、

この年になってみると納得の言葉、しかし子供の頃の老人も同じように言ってたけど、どう考えても貧しい時代や年代によっては戦時中だった人もいるはず、、それでも「昔は良かった」と感じるのは思い出の特性のようなものだろうと思う。

昔は子供の死亡率も高かったが幼くして、或いは若くして亡くなった人達は例外なく「良い人」「賢い人」と好人物の印象があるのと一緒で、人間は辛い過去より良いイメージのほうが強く心に残るのだろう。

例えば当社の千明ちぎらは元旦の朝だけは下着から上着まで全て新しい物が枕元に置いてあって嬉しかった。だから元旦は良い日のように言うけど、うらを返せば元旦以外は、ボロやお下がりや古い服を着ていたって事ですから、いつでも綺麗な服を着ている今のほうが間違いなく豊かです。

ケーキはクリスマスに食べるもの、外食は年に数回、山育ちですから、わずか数万人の町に行く時でもよそ行きの服を着て、地元デパートの食堂で食べる五目ラーメンが楽しみだったと言いますから、普段はそれだけ質素な物を食べてたと言ってるようなもの、、

食べ物と言えば大人になるまで食べた事の無かったひとつが「もつ煮」群馬では超有名でいつも行列の永井食堂で初めて食べましたが、もつ焼きは数回しか食べた事はなく、何度食べても飲みこむタイミングが分からない不思議な食べ物です。

蝉の鳴き声を聞いただけで半世紀以上前の時代を思い出すと、間違いなく貧しい時代なのですが景色というか、風情というか、思い出の中には今は逢えない人達がみんな笑顔でいるのも良いですね。

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